なぜこの宿を運営するのか|古民家ゲストハウス梢乃雪こずえのゆき

なぜこの宿を運営するのか

なぜこの宿を運営するのか

初めて小谷村に足を踏み入れた日。そのときぼくは小学3年生でした。

小谷村は寒波のまっただ中で、大雪が降っていました。日が落ちて2時間くらい。強い風が民宿のガラス窓を大きく揺らし、雪は空間を隙間なく埋めつくす程荒れていて、体積をみるみる増加させていきました。

嫌がる手を両親にひかれ、小学校の真上に建つ山村留学冬の宿舎「白樺寮」に続く坂道を昇っていきました。坂道の頂上にはオレンジの光を煌々と放つ外灯があって。光の中に線状に堕ちていく雪がとても奇麗でした。

 

長靴を埋めてしまう程坂道には雪が積もり、息を切らしながら踏みしめて、遠くに見える光を目指して歩いたことをいまでも鮮明におぼえています。


小学4年生になった春。ぼくは小谷村中土地区の、村立中土小学校の始業式で知らない校歌を歌っていました。

夏場の宿舎、旧真木分校跡山村留学センターから中土小学校までは4キロ程の距離があり、ぼくたちは毎日その道を歩いて学校まで通いました。片道1時間弱の小旅行。朝は冷たい春の風。道のりに頭を出した雪の残る北アルプスを朝焼けが色を付け。夕方は日が傾く山脈を。見上げながら帰宅の途。

 

その毎日歩く道のりは、ぼくの成長期の感性に多くの刺激を与えてくれました。時間の経過溶けていく残雪や、水場から顔を出すふきのとう。真っ先に花を咲かせる福寿草。水たまりで生まれるオタマジャクシ。芽吹く木々や飛び交うツバメ。

 

一日一日景色が変わって、一日一日命を感じる。風に揺れる草木の音や。存在を誇張する蛙の歌や。

 

何もない田舎の空間には、街の中では感じることのできない「命の音」を感じることができました。

 

23歳を目前に、ぼくは小谷を生活の場とすることに決めました。

幼少期の思い出や、感性と価値観を形成するに多大な影響を与えた小谷村。ここは、ぼくにとってのふるさとで、かけがえのない場所です。

 

「小谷の魅力とは?」

 

そんな質問をよくされますが、そんなものはわかりません。

 

景観や自然や文化や歴史。色んな魅力がある土地ですが、そんなことはどうでもいい。
ただただ、この村で流れる時間。
きこえる音。
言葉では表現できないやすらぐ空気。 全てを含めて、ぼくにとっては「ふるさと」なんです。

ぼくは、人が好きです。

語らうことが好きです。

考えることが好きです。

感じることが好きです。

人と出逢いたい。感じたい。感じて欲しい。考えたい。考えて欲しい。

 

この村を、地域を、この家を、知って欲しい。ぼくが大好きな「小谷村」を知って欲しい。

過疎が進むこの村の問題は、人々が想像できない程深刻なものになっています。特にぼくの住む小谷村の中土という地域は高齢化、なんてものじゃなくて「消滅」寸前の地域です。

この村を残したい。
ぼくのふるさとを残したい。人の為じゃなくて、ぼく自身の為に、この村を未来へと繋げたいんです。

 

だから、ぼくはこの家をゲストハウスとして運営して、少しでもいいから、誰かにこの村を知って欲しい。
小谷村に来て欲しい。
中土に来て欲しい。

ぼくの「好き」を共有したい。
移住者を受け入れて集落を維持したい。
年に一度のお祭りを受け継ぎたい。
出来ないかも知れないけど。悪あがきをしてみたい。

そんな想いから、自分自身ができることから始めよう。と、梢乃雪を運営するに至りました。

 

ひいき目を存分にあなたに言いたい「一回来てみぃ。ほんまにいいとこやから。」そして、あなたにこう言ってもらいたい。

「きてよかった。」と。

この文字の先にいるあなたといつの日か逢えますことを。願いを込めて。

 

古民家ゲストハウス梢乃雪

辰巳和生